【13】もがき苦しみながらも生きるのかもしれない

せめてこれだけはと望んだものすら実現できないとなった場合どうするか。

 

世界に人間が沢山いて、その中には理不尽な目に遭っている人が多い。それと比較すると少なくとも現代の先進国の人間は相当に恵まれている部類に入る。

 

恵まれていると思われる国でも、仕事に疲弊してお金もさほど稼げず、時間も体力も余らず、年老いるまであくせく働く人は未だに数多くいる。

 

一見、社会の機能が相当発展しているように見える今この現代においても、大体の人間は常に何かに苦しみながら生きているのが実情だ。

 

事実として現代社会はそんなものなのかもしれない。働いている間は大変な苦労をして悩みを抱えたまま生きることにもなる。理不尽な目にも遭うだろう。

 

運良く仮に何か一つ悩みが解決したとしても、もう一つの解決されていない悩みを見つけて解決することに奔走するだろう。例えば仕事内容に充実しているが収入が低い場合、収入が上がっても仕事内容に不満が出るかもしれない。仮に仕事内容が充実して収入も上がったら、今度は自由時間がなくなるかもしれない。

 

何かを得れば何かを失うことも、よくあることだ。

 

仮に大半の問題が解決しても、元々の問題を解決したことは忘れ去り、そこからまたさらに別の問題を見つけて奔走したり苦悩しつつ生きることになるだろう。もちろん問題が無くなることはなくても、悩みが少ないことに越したことはない。

 

そんな風に、人間は今目の前にある不安や不満に対して何とかならないか考え始める。何とかならないことを何とかしようと、もがきながら、目の前の悩みに対して苦しみ続けて生きていくことになる。

 

人生はそんなものなのかもしれない。